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「快楽主義の哲学」 (カイラクシュギノテツガク)

★テーマ選択ポイント
 SMというとSまたはMのどちらか一方に快感を与え楽しませ、反対に他方は痛みだけを与えられ苦しむだけと思われている方がいるかもしれないが、SとMがお互いに快感を得ることが目的だと思うのである。
 では、その快感を得、楽しむ-快楽を追い求める意味があるのか、そんな疑問にこの本は一つの解を与えてくれる。


★あらすじ
 人生に目的などありはしない-すべてはここから始まる。
 曖昧な幸福に期待をつないで自分を騙すべからず。
 求むべきは、今、この一瞬の確かな快楽のみ。流行を追わず、一匹狼も辞さず、世間の誤解も恐れず、精神の貴族たれ。
 人並みの凡庸ではなく孤高の異端たれ。
 時を隔ててますます新しい澁澤龍彦の煽動的人生論。(浅羽道明氏の解説より引用)

 カビ臭い幸福論や哲学に救いを求める時代は去れり。ヒリヒリするような快楽だけが人生の目的。精神的貴族主義を鼓吹する煽動の書(出版社/著者からの内容紹介から引用)

 人生に目的などありはしない―すべてはここから始まる。曖昧な幸福に期待をつないで自分を騙すべからず。
 求むべきは、今、この一瞬の確かな快楽のみ。
 流行を追わず、一匹狼も辞さず、世間の誤解も恐れず、精神の貴族たれ。
 人並みの凡庸でなく孤高の異端たれ。時を隔ててますます新しい渋沢龍彦の煽動的人生論。(「BOOK」データベースより引用)

40-01

★本「快楽主義の哲学」(カイラクシュギノテツガク)
 著:澁澤龍彦 文春文庫
 目次:
 第1章 幸福より快楽を
 第2章 快楽を拒む、けちくさい思想
 第3章 快楽主義とは 何か
 第4章 性的快楽の研究
 第5章 快楽主義の巨人たち
 第6章 あなたも 快楽主義者になれる
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(本作品に映画・ビデオはありません)

☆☆参考☆☆
☆澁澤龍彦(シブサワ タツヒコ、1928年-1987年)
 母親の実家である東京の高輪に生まれ、幼少期は埼玉県の川越市で過ごす。
 フランス文学者、エッセイスト、小説家、翻訳家。
 本名は澁澤龍雄。
 ジョルジュ・バタイユ、マルキ・ド・サドの翻訳、紹介者として知られる。
 晩年は小説を発表するようになり、遺作となった『高丘親王航海記』は第39回読売文学賞を受賞した。
 1987年も病院で読書中に頚動脈瘤破裂のため死去する。
 戒名は文光院彩雲道龍居士。(はてなダイヤリーより引用)

・少年時代から「澁澤龍彦」の誕生まで 1928年(昭和3年)東京市高輪生まれ、父武、母節子の長男。下に妹が3人。
 父武は埼玉の澁澤一族の出身で武州銀行に勤務。
 「一年から六年まで、小学校の成績は優等を通したが、級長には一度も選ばれなかった。人格円満を欠いていたのであろう。学科では図画と音楽を最も得意とし、体操は苦手であった。運動会の徒競走では、いつもビリだった。」
 「少年時の私が最も熱中したのは、『幼年倶楽部』の冒険小説や『のらくろ』とともに、日本選手の多く活躍したベルリン・オリンピックであった。」
 9歳のとき友人と相撲をとっていて右脚を骨折。「そのほか大腸カタル、ジフテリア、水疱
 瘡などでしばしば学校を長く休み、医者から『病気の問屋さんみたいだ』と言われた。」
「場所ごとに父とともに両国国技館に行き、クラスでは『相撲博士』をもって自他共に任じていた。」
 昭和15年。「この年まで、クラスでただひとり頭髪をいわゆる坊ちゃん刈りにしていたが、戦時色が濃くなってくるとともに、教師および級友一同の反撥を買い、悲壮な決意のもと
に坊主頭にする。『ゼイタクハ敵ダ』『パーマネントはやめましょう』などの標語が幅をきかせていた時代であった。」
 昭和16年。東京都立第五中学校に入学する。「背広にネクタイというスマートな制服にあこがれて入学したのに、この年から、全国の中学校の制服はカーキ色(当時は国防色と言っ
た!)の国民服と戦闘帽に統一され、がっかりする。四年間の中学の成績も優等で、英語は好きだったし、歴史のような暗記物は最も得意の領分だった。」八月の夏休みは父や母の
郷里で「昆虫採集や標本つくりに熱中する。このころ動物図鑑が私の枕頭の書であった。」
 昭和19年。「三月。戦争が末期的徴候を示してくるとともに、、ついに通年動員令が布告され、私たちは授業を完全に放棄して、毎日、板橋区志村の合金工場に通うことになる。
私はダイカストの係りで、陸軍の新司令部偵察機の部品を造っていた。いっぱしの熟練工であった。このころ神田や本郷の古書店街には読むべき本はなく、私はチベットや蒙古関
係の本を苦心して集めていた。いまだに冒険小説や魔境小説の夢を追っていたのである。」
 昭和20年。「一月、浦和高等学校理科甲類の試験に合格。戦時のため、私たちは一年繰り上げの四年卒業という、異例の世代である。」「八月十五日、そのころ一家が身を寄せて
いた深谷市の埼玉銀行支店の離れで、終戦のラジオ放送を聴く。私は浦和の寮で、消息通の友人から原子爆弾と終戦の情報を得ていたから、べつに少しも驚かなかった。」
 昭和21年。「終戦後しばらくして、理科から文甲類に転ずる。いわゆる『ポツダム文科』であり、自分に理科的な才能がないことを、身にしみて知ったためである。このころよう
やくフランス文学関係の書を集中的に読みはじめ、将来は仏文に進もうと心にきめる。東京神田のアテネ・フランセに通って仏語を学習。」
 昭和22年。「ジイドを読み、その汎神論ふうな快楽主義に共感。さらにコクトーを読み、その軽業師ふうの危険な生き方に強く惹かれる。倫理の問題とスタイルの問題とが、いつ
も頭の中で一緒になっていた。倫理はスタイルであり、スタイルは倫理であった。戦後文学は頭から馬鹿にしていて、ほとんど読まなかった。」
 昭和23年。「東京大学フランス文学科を受験して落ちる。同じ仏文を志望した出口裕弘は合格。文学にのめりこむようになってから、正規の授業を軽んずる習慣がついていたから、
あまりショックは感じなかった。六月、浪人中のアルバイトとして、娯楽雑誌『モダン日本』および『特集読物』を出していた東京築地の新太陽社に勤務する。ここで同編集部の
吉行淳之介と知り合い、翌年の春ごろ退社するまで、しばしば新橋、有楽町あたりのマーケットを一緒に飲み歩く。」
「太宰治が死んだのも、帝銀事件犯人がつかまったのも、極東裁判や昭電疑獄事件があったのも、この年であるが、それらは私の内面生活にはあまりかかわりがなかった。」
 昭和24年。「三月、ふたたび東大仏文を受けて落ちる。全く受験勉強をせず、かなり自堕落な生活をしていたから、どう考えても受かるはずはなかった。それでもフランス語の原
書だけは意地になって読んだ。八月、中学時代の友人たちと赤城山に登る。私が歩いて登った山は、あとにも先にも、これしかない。」
 昭和25年。「三月、三度目に受けた東大仏文にようやく合格。よくも三度も受けたものである。どうして受かったか、今もって、我ながら不思議である。いざ入学してみると、当
時はレジスタンス文学と人民戦線理論が大流行で、私の好きなアンドレ・ブルトンはトロツキストの汚名を蒙っていた。級友たちがみんな秀才馬鹿のように見え、つくづく厭気が
さして、ほとんど学校へ顔を出さないようになる。研究室の雰囲気も大嫌いで、アカデミーは自分の肌に合わないと感じる。」
 昭和26年。「シュルレアリスムに熱中し、やがてサドの存在の大きさを知り、自分の進むべき方向がぼんやりと見えてきたように思う。」
 昭和28年。「三月、東大を卒業。卒業論文は『サドの現代性』というタイトル。鈴木信太郎先生から『もう少し論文らしく整理して書かなければいけません』とたしなめられる。
 …後顧の憂いなからしむるために、この論文は卒業後いち早く、東大文学部の事務所から奪い返した。卒業しても就職口はなく、白百合女学院の女の子の家庭教師などをやりなが
ら、相変わらずぶらぶら遊び暮らしていた。それでもコクトーの『大胯びらき』の翻訳は、この年に終わっていたはずである。翻訳原稿を見てくれたのは佐藤朔氏であった。晴天の
霹靂のように、医院にて肺結核の診断を下され、ぶらぶら遊び暮らすことが保証されたような形になった。」
 「岩波書店の外校正の試験を受け、これは大学の試験と違って一ぺんで受かり、以後、この仕事を数年にわたってつづけることになる。」
 昭和29年(1954年)澁澤26歳。「八月、コクトオ『大胯びらき』の翻訳を白水社より刊行する。刊行当時、何の反響もなかったが、ずっとのちに河盛好蔵氏から『見事な邦訳』と評
されて、大いに気をよくした。」(澁澤龍彦自作年譜より引用)

☆エピクロス(前342-前271)
 ヘレニズム期、快楽主義の哲学として知られるエピクロス派の創始者。
 ストア派のゼノンとほぼ同時期にアテネで活躍。
 多くの支持者を集め、存命中から神のごとく崇拝され、実際にその誕生日には盛大な祝祭が行われたという。
 組織的な学校に初めて女子の参加を許した哲学者としても有名。
 <生の目的は快楽である>と主張したが、その快楽は<放蕩者の快楽>ではなく、苦痛や混乱を去った心の平静こそが最高の快楽であるとし、この点では実はストア派の主張と近い。
 しかし、後世その主張は単なる卑俗な悦楽追究と誤解され、
 本来「エピクロス派の学徒」を意味した「エピキュリアン」は快楽趣味、食道楽、美食家、 快楽主義者などの意味で使われ,平成日本ではついにレストランガイドの雑誌のタイトルにされてしまった。

***セイジュのお気に入り***第4章 性的快楽の研究の「性感帯の拡大」
第5章 快楽主義の巨人たち 「最初の自由人-樽の中のディオゲネス」

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