FC2ブログ

SMdream SM映画・SM本

SMの興味がある方へSM映画やSM本の紹介でイメージをお届け
(カギ)

<テーマ選択ポイント>
 自分の痴態を夫に見られることに興奮しながらも、口にはださず日記を通じてのみその赤裸々な訴えを知らしめようとする妻は、心に被視姦のM性=心の露出Mではないだろうか。

<あらすじ>
 封建的な家庭に育った貞操観念の強い妻と初老を迎えた大学教授の夫。
 肉体的な下降期にある夫は、妻の旺盛な性欲を満たすことができない。
 美しい妻の肉体に日々妄想を募らせ、とうとう若い男を妻に近づけることで、自らの衰える性欲を掻き立てようとする…。
 原作:谷崎潤一郎 注:たにざき じゅんいちろう

<映画>

製作:1959年 大映
監督:市川崑
出演:中村鴈治郎[2代目]、京マチ子      


製作:1974年 日活
監督:神代辰巳
出演:観世栄夫 、 荒砂ゆき


製作:1983年 東映
監督:木俣堯喬
出演:岡田眞澄、 松尾嘉代


製作:1989年 イタリア/フランス監督:ティント・ブラス(Tinto Brass)
出演:フランク・フィンレイ(Frank Finlay)、ステファニア・サンドレッリ(Stefania Sandrelli)


製作:1997年 若松プロダクション 
監督:池田敏春
出演:柄本明 、川島なお美 

<本>
・瘋癲老人日記
著:谷崎潤一郎 新潮文庫

<コミック>
鍵 コミック版
出版社: 小池書院

<参考:谷崎 潤一郎>
(タニザキ ジュンイチロウ)
 1886年(明治19年)-1965年(昭和40)明治・大正・昭和を代表する文豪の一人。
 谷崎潤一郎は1886年(明治19年)東京市日本橋区(現・中央区日本橋人形町)に、活版所を営む資産家の家の次男として生まれた。
 小学校卒業の頃に家の経済状態が苦しくなったが、住み込みの家庭教師をしながらの書生生活を経て府立一中(現、東京都立日比谷高等学校)に入学。飛び級をするほどの成績を見せ、14、5歳頃から散文や漢詩を書くようになり、一高時代には小説を校友会雑誌に発表しはじめた。
 東京帝国大学国文科に入学するが、父の家業の失敗により家計が苦しくなり授業料未納のために中退。
 1910年(明治43年)9月、小山内薫、和辻哲郎、大貫晶川らと第二次「新思潮」を創刊したが直ちに発禁。11月、実質のデビュー作『刺青』を「新思潮」に発表、続けて『麒麟』なども発表。
 1911年(明治44年)3月、「新思潮」廃刊。しかし、明治40年代という自然主義文学全盛の文壇の中で、全く問題にされず、煩悶し神経哀弱に陥っていた。
同年「三田文学」11月号誌上で『刺青』が永井荷風に激賞され、文壇的地位を確立した。
以後耽美的作風で長短様々な小説をてがける。映画監督など新規の芸術にも興味を示す。
 関東大震災後は古典的な文体、題材で小説を書く。
 『痴人の愛』1924年、『卍』1928年、『春琴抄』1933年、『細雪』1943年~1948年、『少将滋幹の母』1949年(昭和24年)、『鍵』1956年(昭和31年)など、豊潤な官能美と陰影ある古典美の世界を展開して常に文壇の最高峰を歩みつづけた。
 1956年(昭和31年)の「鍵」は、その大胆な性描写が、芸術か猥褻かをめぐってセンセーションを巻き起こし、最後の高峰といえる1962年(昭和37年)の「瘋癩老人日記」へとつながっていく。
 70歳を越えて、いち早く「老人の性」をテーマにし、世を沸かせた。
 『細雪』により毎日出版文化賞1947年(昭和22年)及び朝日文化賞1949年(昭和24年)を、『瘋癲老人日記』1961年(昭和36年)で毎日芸術大賞を1963年(昭和38年)、また、1949年(昭和24年)11月には、志賀直哉と共に第8回文化勲章を授与された。1941年(昭和16年)、日本芸術院会員、1964年(昭和39年)、日本人としてはじめて全米芸術院・アメリカ文学芸術アカデミー名誉会員に選ばれた。
 1965年(昭和40年)7月30日、腎不全から心不全を併発して神奈川県湯河原町・湘碧山房で死去。享年79歳。

<参考:谷崎潤一郎と女性像> 
 1919年(大正4年)春、石川千代と結婚したが、しだいに貞淑で従順な千代とうまくいかなくなり,しだいに千代の妹のせい子に関心を移していった。(千代夫人の妹せい子を15歳で引き取り養育、「痴人の愛」モデルと言われている)
 1923年(大正8年)、小田原に転居するが、その頃潤一郎の親友となっていた佐藤春夫が、潤一郎にしいたげられている千代夫人に同情し、やがてそれが愛情に変わる。
潤一郎は千代を春夫に譲ろうと約束するが、途中で翻意したため春夫は潤一郎と絶交する。
 1930年(昭和5年)潤一郎は妻千代と離婚し、千代は佐藤春夫と結婚した。
 翌年、古川丁未子(ふるかわ とみこ 文藝春秋社「婦人サロン」記者)と電撃結婚するが、潤一郎の心を占めていたのは、むしろ松子であった。
 松子は、船場の豪商根津商店の御寮人で24歳一児の母であった。初対面のときから強く惹かれた潤一郎は以来ひそかな思慕を抱き続ける。
 1932年(昭和7年)、根津家は没落し、夫と別居中の松子が住む魚崎町横屋川井の家の隣に、潤一郎が移ってきた。
 垣根から行き来し、ついに潤一郎は松子に愛を告白する。
 この3月、佐藤春夫の主宰する「古東多万」に発表した「倚松庵十首」や多数の書簡に潤一郎の松子への想いの数々が綴られている。
 1934年(昭和9年)丁未子夫人と離婚。
 1935年(昭和10年)旧姓森田松子と結婚。
 当時の作品には、鮮烈な物語性の中に、優艶豊麗な女性像が描かれている。
 それは、母関の面影を引くとともに、この時期の潤一郎の思慕の対象であった松子を投影している。
 潤一郎は、松子によって自己の文学の主調音を高らかに歌い上げ、そしてそれは代表作「細雪」へとつながっていく。

<本ブログ主宰川口青樹(カワグチ セイジュ)のお気に入り>
 1959年の大映の映画:脳梗塞で倒れて寝ている夫の前で、着物を脱ぐように命じられ目の前で妻が全裸になるシーン
 1997年の東映の映画:夫婦が互いの日記を密かに盗み読むシーン。

◆◆この映画、小説をご覧になった方は感想をお寄せ下さい
◇◇あなたのオススメの官能映画・小説をご紹介して下さい 
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://smdream.blog45.fc2.com/tb.php/400-0ebbc5e6
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック